子供のノートの横で思い出したこと

子供のノートの横で思い出したこと

その日は、仕事からいちばん遠い一日だった。
仕事のことなど、すっかり忘れていたつもりだった。
アラームもメールも鳴らず、スマホを見る必要もない。
少なくとも、その朝まではそう自分に言い聞かせていた。

私は家で、子供の勉強を手伝っていた。
机の横に座り、ノートを眺めているうちに、何かがうまく噛み合っていないことに気づいた。

最初は、答えを説明して先へ進めばいいと思っていた。
けれど、そう簡単ではなかった。

思考がどこで止まっているのかを見つけなければならない。
何がわからないのか。
どこで混乱しているのか。

私は答えを出す代わりに、質問を始めた。
・この部分は理解できている?
・この式は、どういう意味だと思う?

言葉を選び、順序を考え、子供が一つひとつ理解するのを待つ。
その間、私は自分が待っていることに気づいていた。

その瞬間、ふと思った。
これは、私が職場でやっていることと同じだ、と。

誰かが行き詰まっているとき、結論だけを伝えても問題は解決しない。
相手がすでに知っていることを理解し、どこでつまずいているのかを見極め、
その人に合った形で説明する必要がある。

そして時には、何かを言うよりも、待つことのほうが大切になる。

休日だったにもかかわらず、仕事を通して身についた態度は、
日常の中でごく自然に表れていた。
あまりに自然で、最初は気づかないほどだった。

不思議なことに、嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、静かな満足感があった。

仕事で学んだことは、職場の中だけに留まるものではない。
家庭の中でも、確かに役に立っている。

休日は休むためにある。
それは間違いない。
けれど、仕事中の自分と日常の自分を、
無理に切り離す必要はないのかもしれない。

休みの日に、仕事のことを思い出した。
そして、それがなぜか良いことのように感じられた。

結局、とても良い一日になった。

                         営業二課 加藤